函館の風景に欠かせない路面電車にこの冬、前代未聞の挑戦者が現れました。
人気ラーメン店「麺処 立花」店主の立花祐介さん(36歳)が仕掛けた「路麺電車」です。1月の3連休限定で運行されたその不思議な電車に、私・田中湧人も乗車してきました。
昭和の電車が、移動する麺処に
函館駅前電停に姿を現したのは、1950年代から函館の街を走り続けてきた路面電車。外観は赤い提灯を付けた程度で普段とあまり変わりませんが、車内に一歩足を踏み入れると、驚きの光景が広がりました。
車両の奥にはコンパクトにまとめられた厨房設備があり、その前はカウンター席に。客室にはテーブルが置かれ、ロングシートを活用した客席になっています。厨房にはステンレスの調理台と寸胴鍋が。ほのかに立ち込める清湯スープの香りが鼻をくすぐり、期待を高めてくれます。
「この企画を思いついてから実現まで、本当に長い道のりでした」と立花さん。「前例のない企画だけに、最初は市役所からも難色を示されました。でも函館の新しい魅力を作りたいという想いを何度も説明に通って、ようやく許可をいただけたんです」
▲「路麺電車」を企画した立花さん
揺れを味方につけた、至高の一杯
函館駅前から湯の川方面に向かって走り出すと、立花さんの手さばきが始まります。寸胴鍋には豚骨と鶏ガラ、香味野菜でじっくり取った黄金色のスープがたっぷり。上質なダシがとれる函館真昆布もふんだんに使っています。
メニューはただ一つ、麺処 立花の看板メニュー「ラーメン」。味付けは、津軽海峡の海水で窯焚き塩を作っている「渡邊商店」特製の塩「潮音(しおね)」。かつての函館では、ラーメンと注文すれば塩ラーメンが出てくるのが当たり前だったことから、あえて塩ラーメンではなく「ラーメン」と称しています。
「店とは違い、電車の揺れで麺が湯の中で不規則に動くんです」と立花さん。「普段より若干短めに茹でないと、その揺れで想定以上に麺が柔らかくなってしまう。だから電車の中では茹で時間を15秒ほど短くして、ちょうど良い食感に仕上げています」
▲「麺処 立花」の看板メニュー「ラーメン」
函館真昆布の奥深い旨みと、津軽海峡のミネラル豊富な塩が生み出すシンプルながらも滋味深いスープ。 車窓に目をやると、冬の函館の街並みが流れていきます。心地よい路面電車の揺れが、まるで隠し味のようにラーメンの味わいをより一層引き立てます。
この日、友人と「路麺電車」に乗車した佐藤美咲さん(27歳)は「普段から山岸さんのお店で食べていますが、電車の中だとまた違う味わいがありますね。揺れる車窓を見ながらのラーメンは、いつもと同じ味のはずなのに、なんだか特別な味わいがあります」と、いつもと違う雰囲気での食事を楽しんでいました。

生まれ育った函館の街をこんな形で再発見できるとは思ってもみませんでした。湯の川で折り返し、函館駅前に戻るまでの約60分。揺れる車窓に映る懐かしい風景と、香り立つ塩ラーメン。それは確かに、新しい函館の物語でした。