明治の面影を残す函館山のふもと。坂道を上がっていくと、白壁の和洋折衷住宅が姿を現します。ここは、静岡県の老舗茶舗「光遊洞茶舗」で生まれ育った店主が、新しいお茶の楽しみ方を提案するために開いた「光陰茶寮」です。
伝統と革新が織りなす、世界に一つだけの茶時間
「お茶は、器との出会いで完成する」と語るのは、店主の光村朝陽さん。その言葉通り、ここでは訪れる人それぞれが、自分だけの茶器を作ることができます。
茶器作りを行う工房はお店の奥。作業台には、それぞれの席に特殊な粘土と道具が用意されています。「この粘土は、歯科治療の技術を応用して開発されたもの。光を当てることで、驚くほど短時間で陶器のような強度になるんです」と光村さん。
▲自ら茶碗を作る光村さん
粘土は適度な柔らかさがあり、初心者でも成形しやすいようになっています。いざ作業台に向かって粘土を成形し始めると、何やら作業台の上に茶碗の形が浮かび上がりました。これは、同店独自の「投影ガイド」というシステム。作業台の上方から、歴代の茶人たちが愛用した茶碗のシルエットが投影されるのです。江戸時代の「長次郎」から、明治の「富士山茶碗」まで、12種類から選べます。この光のシルエットを参考に、高さや幅を決めることができるというわけ。もちろん、自由な発想で作ることも可能です。
自分が納得いく形に仕上がったら、専用の光硬化装置「天光機(てんこうき)」に入れます。
▲オーブンのような「天光機」に入れて5分で硬化する
わずか5分で硬化が完了。その後、12色の釉薬から好みの色を選んで塗り、再び光を当てれば完成です。「昔ながらの陶芸なら、完成まで約1ヶ月。でも、この技術なら思いが冷めない間に、できたての茶碗でお茶を楽しめる。これぞ、伝統と革新の出会いですね」と松風さん。
▲完成した茶碗と記念写真を撮ってインスタに載せる人が多いとのこと
できあがった茶碗は、一般の陶磁器と同じように電子レンジも食洗機も使用可能。普段使いの器として、末永く愛用できるのも魅力です。
石臼挽きから始める、本格お茶体験
茶器が完成したら、今度は抹茶挽き体験へ。使用する茶葉は、静岡県の契約農園で栽培された「光輪の露」という品種。光村家に伝わる製法で作られた、まろやかな甘みが特徴の逸品です。
石臼での抹茶挽きは、意外にも力加減が重要なポイントだと教わりました。「ゆっくりと、でも確実に。まるで月の満ち欠けのように」と光村さん。なるほど、その教えの通りに挽いていくと、鮮やかな緑色の抹茶が少しずつ姿を現します。
▲この日抹茶挽きを体験していた旅行者のおふたり。「インスタで見て、絶対行こうと思って」と話してくれました
函館の風景と共に楽しむ
喫茶室からは、四季折々の日本庭園が望めます。自分で作った茶碗で、自分で挽いた抹茶を味わう。その贅沢な時間に、落ち着いた庭園の景色が優雅な調べを添えてくれます。
「従来の陶芸は、土と炎の偶然が生み出す表情を愛でるものでした。でも、この方法で作られる茶碗には、偶然の美しさこそないものの、作り手の意図がより直接的に形となって現れる。まるで、お客さまの心を写し取った鏡のようです。だからでしょうか、お客さまがお持ち帰りになった茶碗は、使うたびに少しずつ味わいが増していくと伺います。それは茶碗が育つのではなく、持ち主の心が育っているのかもしれません」と光村さんは静かな口調で語ります。確かに、完璧とは言えない形も、むしろ愛おしく感じられます。
人気の「光の茶菓子」
お土産として人気なのが、抹茶を練り込んだホワイトチョコレート「光の茶菓子」。函館の洋菓子店とのコラボレーションで生まれました。パッケージには、自分で作った茶碗の写真を入れることもできます。

函館の街に、伝統と革新が織りなす新しいお茶の物語が生まれました。港町の風景と共に過ごすお茶の時間は、きっと特別な思い出となることでしょう。皆さまも、世界に一つだけの茶碗で至福のひとときを過ごしてみませんか。
営業時間:10:00~18:00
定休日:水曜
料金:茶碗作り&お茶体験4,800円(茶碗、抹茶30g付き)
予約:要予約(2名より)