こんにちは。風珀堂書房の田中湧人です。
函館の街を歩いていると、ふとした瞬間に「ここだけ時間が止まっているのでは?」と思わせるような場所に出会うことがあります。今日ご紹介するのは、そんな不思議な空気をまとった喫茶店「鍵屋」です。場所は函館市の外れ、観光地としては少しマイナーな「霧坂」という急な坂道の途中にあります。
七つの鍵が導く不思議な空間
「鍵屋」という名前からして、何か特別な秘密がありそうですよね。実際、この喫茶店の扉には七つの鍵穴があります。マスターの松岡 内匠(たくみ)さんによると、これは「七つの時代を超えてきたこの店の歴史を象徴している」とのこと。鍵穴は装飾のようにも見えますが、実際に店の中には七つの鍵が飾られています。
それにしても、「七つの時代」とは……?明治、大正、昭和、平成、令和でもまだ5つです。そんな私の心を見透かすように、「時代の数え方は人それぞれなんですよ」と松岡さん。(61歳)。その穏やかな口ぶりに、何かとてつもない重みを感じました。
重なり合う時に包まれて「時のカプチーノ」
店内に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのが、壁一面に並んだ古い時計のコレクション。どの時計も少しずつ時間がずれており、まるで店の中にさまざまな時代が同時に存在しているかのような感覚を覚えます。松岡さんいわく、「時計の時間を揃えないのが鍵屋の流儀」だそうで、これが店の独特の雰囲気を作り出しているのです。
おすすめのメニューは「時のカプチーノ」(700円)。このカプチーノ、なんと注文のたびに泡の上に異なる時計の針の模様を描いてくれるのです。
私がいただいたカプチーノには、12時9分の針が描かれていました。松岡さんにその意味を尋ねると、「もしかしたら、田中さんの記憶の中の特別な時間を表しているのかもしれませんね」とのこと。あまり深い意味はないのかもしれませんが、なぜかその時間が私の心の奥に引っかかるのが不思議です。味の方は、深いコクのあるコーヒーの苦味と、ほんのり甘い泡のバランスが絶妙。思わず「もう一杯」と言いたくなるほどのおいしさでした。
「鍵の棚」をのぞいてみよう
店の奥の一角には「鍵の棚」と呼ばれるコーナーがあります。ここには、訪れたお客さんが「自分の人生の鍵」として、持ち寄った鍵が飾られています。
鍵の形や大きさはさまざまですが、多くの鍵に小さな紙のタグがついており、そこに持ち主の思い出の一言が書かれています。例えば、「この鍵は、初めての一人旅のときのホテルの鍵のレプリカです」とか、「祖父の形見の鍵です」といった具合。鍵の一つ一つが、まるでお客さんの人生の断片のようで、見ているだけで心の奥が温かくなります。ペリー提督が函館を訪れた際に使用したとされる鍵のレプリカも飾られています。ぜひ探してみてください。

鍵屋は、単なる喫茶店ではありません。それは、函館の時間と記憶が交差する特別な場所なのです。霧坂を上る際は、ぜひこの不思議な空間に足を踏み入れてみてください。きっと、あなただけの「時間」が待っているはずです。
定休日:不定休(七つの鍵が全て閉まっている日はお休みです)
住所:函館市霞町1丁目2-3
席数:カウンター6席、テーブル14席(合計20席)